I am no longer what I used to be (2)

マリがそんな思いを巡らせた、数日後のことであった。
ある日、娘の凛子・・・独身のマリにとって、血の繋がらない幼女であった・・・が、夜中に珍客を
連れてきた。髪の毛を茶色に染め、ミニスカートに勝手に改造した制服にルーズソックスを履
き、毎日夜遅くまで出歩いて、隠れてタバコを吸っている凛子は、昔のマリからは考えられない
ような不良少女で、その点について、マリは手をいつも焼いていた。それでも、そんな凛子を最
後にはどこか許してしまうのは、娘には、自分と違って自由に生きて欲しい・・・かつて、あのビ
ビンバという少女や、テリーマン夫人となったナツコがそうであったように、何事にも積極的で、
自分の感情を素直に出し、ぶつけられる少女に育って欲しい・・・という意識が、どこか心の底
にあったのかもしれないと、マリは思う。
マリが、凛子と、明らかに未成年であるその珍客に対して、いつものように説教をしようとした
その時、もう一人の、珍客がやって来た。
その顔を見た瞬間、マリは、驚きの余り、わが目を疑った。
「お・・・お久しゅうございます。」
「あなた、本当に・・・。」
その珍客は、ほかならぬ、30年前にキン肉スグルに仕えていた・・・というよりは、その縁で、
マリがキン肉スグルと知り合うこととなった・・・ミートであった。
マリは、明け方までミートと楽しそうに語り合った。凛子は不思議に思った。
いつもは、夜遅くまで起きているとやかましく言うママが、真夜中に、こんなにも楽しそうに、昔
馴染みと語り合っているなんて・・・。いったい、あのミートという子は、ママとどんな縁があった
んだろう・・・。
「ボクは、マリさんに、ずっと憧れていたんです・・・。」
ミートは、顔を赤らめて言う。
「まあ、そうだったの?」
「でも、マリさんは、王子のことが大好きだったから・・・。」
そして、マリさらに驚いたことには、凛子が夜中に連れてきた珍客は、キン肉スグルの息子で
あった。
「キンちゃんに、こんな立派な息子さんがいたなんて!」
そのことは、マリの叶わなかった夢が他の者によって達成されたことを実証することに他ならな
かったのだが、マリは、かつてのキン肉マンによく似た、万太郎という夜中の珍客に、懐かしさ
の余り思わず抱きついたのに、自分でも驚いた。

こんなことで、あの人に縁のある人たちと、30年ぶりに再会することになるなんて・・・。
凛子達が寝た後、一人居間に残ったマリは、ぼんやりと物思いにふけった。
「ママって、ズッとお堅く、つまんない人生を送ってきた女性だと思ってたけど・・・カッコいい
よ!」
凛子が、寝室に行く前に言った言葉を思い出す。
つまんない人生・・・あの子は、私の人生をそんな風に思っていたのか・・・。でも、それも、当た
らずとも遠からずかもしれない・・・。私は、経済的には困ったことはなかったし、海外に留学す
るなどの貴重な経験をすることはできたけど、少なくとも、自分に正直に生きられなかったため
に、失ったものは余りにも大きく、後悔の残るところも多い人生だった。
マリは思った。
そして、自分の叶わなかった夢、自らの不器用さゆえに途中で断念してしまった夢・・・魅了さ
れた超人レスラーと、人生をともにするという夢・・・を、どこか、娘に託したいと思っていたの
だ。だから、あの人が活躍した「リング」にあやかって、「凛子」と名づけたのだ。もっとも、その
ために、娘は手に余るお転婆娘に育ってしまったのかもしれないのだが・・・。
そんな娘の凛子が、ほかならぬ、キン肉スグルの息子と関わることになったことに、マリは、運
命の悪戯を感じた。
あの子・・・独身で、実の子供を持てなかった私にとって、養女である凛子は、昔の私の価値観
で見れば、考えられないような不良・・・。でも、あの子は、私と違って自由奔放で、積極的な子
だ。だから、私の得られなかったものを、きっと得てくれる・・・。でも、一方で、一見自分に正直
に生きているようで、どこか意地を張って、本当の自分の素直な心に蓋をしているところがある
かも知れない、昔の私とは違った意味での不器用な子・・・。それが、あの子にとって、不幸な
結果を招かなければよいのだが・・・。
あの人への思いは、私の青春そのものであり、私の人生における、唯一の本当の恋でもあっ
た。それを逃した、私のような、「負け犬」になってはならない。
慎んで頑なに愚かなること 汝が父に似ること勿れ・・・マリは、朝日の昇りかけた空を見て、そ
んなことを詠った漢詩の断片を思い出した。
娘よ、たった一つの、青春時代の願いを逃した、愚かな母に、似ることなかれ・・・。

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