夕方にホテルに戻ると、どうやら、あの少年の両親が少年についてこなかった理由や、この
日、プライベート・ビーチにやけに観光客が少ない理由が判明した。観光客達はニュースを見 て、○○空港から宇宙への渡航便が遮断されていることを知り、ホテルや公共機関に、問い 合わせが殺到していたという。あの少年の両親や、このホテルの他の滞在者も、あの日は、東 奔西走していたに違いない。
それから2、3日は、特に変わったこともなく、いつものように時間が経過した。すなわち、あの
親子も私も、食堂で朝食をとり、日中はビーチで時間をつぶし、夕食は、ホテルの食堂でとって いた。
その翌日・・・この星に来て、ちょうど2週間になった日、あの親子は、朝食が終わると3人でホ
テルを出てどこかへ行こうとしていた。
今、空港が遮断されているので、どこかへ行ってしまうことはないとは思うのだが・・・。しかし、
私は、以前にあの親子が1泊のクルージングに出て帰らなかったときの不安を思い出し、親子 の動向が気になって仕方がなかった。私は、そんな自分を我ながら煩悩に取り付かれて情け ないと思いながらも、親子の後を追って、市街地に繰り出した。
私が初めて繰り出したこの町の市街地は、雑然として複雑に路地が入り組んでいた。私は、あ
の親子を見失わないように、それでいて気づかれないように追いかけるのに、必死だった。あ の親子が立ち止まって、何やら話し始めているので、私もそこから1ブロック手前の建物の陰 に立ち止まった。背後で、この町の男達の会話が聞こえる。
「なに、お前のところもなのか?」
「ああ。俺の義兄の親父が、10日前から○○国の近海に漁に出て、5日前に帰ってきたんだ
が、顔色が悪くて、リンパが腫れて・・・。やがて髪も抜けて、一昨日逝っちまったんだ。」
「そ・・・それは、大変だったんだな・・・。今、何か変な病気が流行ってるのか?」
私が男達の会話に気をとられていると、気が付くと、あの親子は目の前から姿を消していた。
私は慌てて、その親子が先ほどまでいた場所に行ってみた。そして、辺りを見回したが、親子 はいない。
彼らはどの路地に入っていったのだろう。あるいは、どこか、建物に入ったのか?
親子が現れるのを待って、私が暫くその付近を彷徨っていると、折から、雨が降り出した。雨
は、瞬く間に土砂降りになった。
この地方は、今は丁度乾季にあたり、雨は殆ど降らないと聞いていたのだが・・・。
私は、マントを頭から被ったが、雨の勢いは強く、殆ど効果がなく、頭から足の先まで、ずぶ濡
れになった。しかもこの雨は、普通の雨よりも粘土が高く、黒ずんでいる気がする。
私はついに我慢が出来ず、近くの建物に入った。
あの親子は、どうしているのだろう。やはり、どこか建物に入っているのか?
雨が小降りになったら、この場所を動こうと思ったが、1時間経っても雨脚は一向に弱まらな
い。こんなずぶ濡れの格好をしていても仕方がない。私はホテルに戻ろうと思い、傍にあった ダンボールを頭に載せて、雨の中を走り出した。もちろん、そんなものはこの強い雨の中では まるで用をなさず、私は再び頭の先から足先までずぶ濡れになりながら、ホテルに戻った。
部屋に戻ると、私は、中までずぶ濡れになったマスクを取った。バスルームで、鏡を見る。髪の
毛は、根元までずぶ濡れになっている。
久しぶりに、鏡でよく見る自分の素顔だった。目の下には隈ができており、キン肉星を出たとき
よりも、心持ち老けた気がする。2週間、この星で煩悩に身をやつしてきたためだろうか。
私はマスクを洗って乾かし、自分は、シャワーを浴びた。雨に打たれ、冷えていた指先に体温
が戻ってくるのを感じた。
その日、あの親子は、ホテルでの夕食に現れなかった。まだどこかで雨宿りしているのだろう
か。雨は、夜更けまで降り続いた。
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