Der Tod in Raptus? (3)

夕食の時間、私がホテルのロビーのソファーで新聞を読んでいると、あの一家が食堂に入って
いくのが目に入ったので、私も、何気なく食堂に入る。そして、あの一家から、近すぎず、遠す
ぎない席に座る。あの少年は、両親に囲まれて、無邪気な笑顔でディナーを楽しんでいる。あ
いつも・・・もし、父親の歪んだ感情から折檻されなければ、あんな快活な少年時代を送ってい
たのだろうか・・・。
その夜私は、あの美しい少年と、ボーン・コールドの幼い日々に思いを巡らせながら、なかなか
眠りにつけずにいた。

翌朝、私は少々睡眠不足であったが、7時ごろには部屋を出て、ロビーのソファーで新聞を読
んでいた。朝食は、ビュッフェ形式で、食堂で7時から9時まで自由にとることができる。8時少
し前に、あの一家が食堂に入って行ったので、私も、5分くらい遅れて食堂に向かう。
朝食後、私が再びロビーのソファーに腰掛けていると、あの一家が、海に行く格好をして、ホテ
ルの裏口に向かっていった。このホテルの裏玄関は、海に面していて、まさに、滞在する客専
用のプライベートビーチを持っているのだ。ビーチの手前には、ホテルのプールもある。
私がホテルの裏口から出ると、少年が一人海辺で遊んでいるようで、少年の両親はプールサ
イドでくつろいでいた。私は、本を持って、プライベートビーチに置いてあるシートに寝そべる。
しばらくそんな感じで時間をつぶしていると、少年が海から上がり、こちらに向かってくる。水着
姿の少年の上半身は、抜けるような白い肌をしており、体つきはまだ華奢だ。少年が私の前を
通り過ぎていったとき、私の目は、少年に釘付けになった。

毎日、こんな風に時間が経過した。ここに来て、1週間経った。あの家族は、いつまで滞在して
いるのだろう。1週間、特にこれといった変化はない。留意すべきことといえば、昨夜、大きな
地震があり、津波が発生したらしいということだった。幸いにも、このリゾート地には、特に被害
は出なかった。
その朝、あの一家は小荷物を抱えてプライベートビーチ以外に出かけていき、昼を過ぎても戻
らなかった。きっと、どこか街中を観光しているに違いない・・・私は、そう思うことにした。しか
し、夕方になっても、いつものように、食堂にあの家族が現れなかった。夜の11時頃・・・閉店
時間まで、私はホテルの入り口が見渡せる1階のバーにいたが、あの家族が戻ってきた気配
はなかった。
子供連れの家族が、これ以上遅い時間に戻ってくるはずはない。あの家族は、もう祖国の星
に帰ってしまったのだろうか・・・。突然、私は居たたまれない不安に襲われた。その夜、様々な
思いが去来し、私は朝方まで寝付くことが出来なかった。
翌朝、やはりあの家族は食堂には姿を現さなかった。あの家族は、やはり昨日の朝、祖国の
星に帰ったか、別の場所に移動したのだ・・・。私は突然、空虚感に襲われた。自分が求めて
いたものが存在しなくなった空虚感・・・。私はこの場所にいることに、もはや何の意味も見出
せなくなった。
もう、この地には用はない。あの家族・・・いや、あの少年のいないこの地にいるよりは、あの少
年と無関係のどこか他の地にいる方が、私にとって、はるかに心穏やかな気がした。私は、こ
の星を出る準備を始めた。チェックアウトはしたものの、どこか後ろ髪引かれるところがあっ
て、夕方までホテルの周辺でだらだらしていた。私は、自分の宇宙船で移動すればよいので、
特に、交通手段の時間を気にする必要はないのだ。

夕方、私がまさにこの星を出ようと、荷物を抱えて海岸沿いの道を宇宙船を留めている場所に
移動しようとしていたとき、突然、前方の船着場から、あの家族が現れた。あの家族は、1泊の
クルージングに行っていたのだろうか。私は、感無量になった。今まで暗闇の中にいたのが、
突然目の前に
光が差したような衝撃を覚えた。そして、あの少年の存在が自分にとってこれほどまで重要で
あったことに、驚きを覚えた。
私は、正直言って、あのホテルに戻ることに少々抵抗を覚えた。今朝チェックアウトをしたばか
りの客が、夕方に舞い戻ってきて、もう一度チェックインをすることについて、ホテルの従業員
はどう思うだろう。
しかし、自分があの家族のいる場所を自ら離れてしまう口惜しさと、少々の恥を比較衡量
すると、自分が今この場所を去った時の後悔の大きさが余りに重いということに気づき、私の
迷いはなくなった。私は、ホテル"Paradisus"に戻り、再びチェックインした。

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