I am no longer what I used to be (1)

ここは何処だろうか?超人オリンピックビッグファイトの行われた会場の待合室か、それとも、
夢の超人タッグトーナメントの行われた会場のホールか?来たことがあるような、ないような、
おぼろげな場所である。
そこで、私は、キン肉マンさんと楽しそうに話をしている。何を話していたのかは、今となっては
思い出せない。けれども、その時間が、とにかく楽しくて仕方なかったような気がする。
突然、キン肉マンさんが私に言う。
「マ、マリしゃん、すまんのう。ビビンバが帰ってきた。」
そして、キン肉マンさんは、今しがたやって来たと思われる金髪の少女のところに行ってしまっ
た。
そして、二人は何やら話し始める。何を話しているのか、よく聞き取ることはできないが、その
金髪の少女が、キン肉マンさんに、ちょっと拗ねた感じで、「あの人と何を話してたの?」という
ような事を問いかけていたように聞こえた気がする。その少女のちょっと甘えたような、それで
いて、言いたいことを何でも言っているような様子・・・。
私はキン肉マンさんを見た。でも、あの人は、もう私の方を見ていない。少女と向かい合ってい
るあの人の顔は緩んでいる。あの人は、あの少女の手中にある・・・。
会場で一人取り残された私は、一体どうすればいいのだろう・・・?

寝苦しい朝、マリは夢から覚めた。今しがた見た夢の内容を、さめざめと思い出す。嫌な動悸
がし、汗をびっしょり掻いている。またあの人の夢を見てしまった・・・。
あれから30年が経つが、半年に一度、いや、自分が夢を見たという記憶に残るだけでも3ヶ月
に一度は、あの人の夢を見る。場面や状況は、その時々で異なっている上に、夢というものが
短期記憶に属するためか、時間が経ってしまうとその詳細は全く思い出せないが、二人で楽し
い時を過ごしていたのが突然中断されてしまう・・・という展開は、いつも同じである気がする。
自分は、50代半ばの今までずっと独身・・・。数々の男が通り過ぎ、好意を寄せてくる男性は
今でもいないわけではないが、ある時期から、恋愛というもの自体がどうでもいいように思えて
しまった。もはや自分が誰かにときめいたり、誰かを心に占めたりすることなどありえないので
はないかと思っていた。でも、何年経ってもあの人は夢に現れる・・・。そして、他のどの男性も
夢に現れないのに、夢に現れる人はあの人だけ・・・30年前に交流があったが、お互いに気持
ちを打ち明けることも出来ず、プラトニックな関係にさえ達していなかったあの人だけである。

まだ朝の5時半である。起床時間には少し早いようだ・・・。
マリは、台所で水を飲むと、再びベッドの上に横たわって、今までの自分の人生について思い
起こす。30年超の記憶が、走馬灯のように蘇る。

あの、今朝の夢にも出てきた、金髪の少女の存在を知ったのは、超人オリンピックビッグファイ
トの頃だっただろうか・・・。
それまで私は、ミート君が私が勤めていた・・・父が経営していた住之江幼稚園にいた縁で、現
在のキン肉星の大王であるあの人と結構仲が良くて、テリーマンさんとナツコさんと、あの人と
私は、周囲にはダブルカップルのように思われていた時期もあった。出会った頃のあの人・・・
ちょっとドジだったあの人は、私のことを、「マリしゃん、マリしゃん」と、子犬のように慕ってくれ
ていた。
あの人はでもとても優しくて、そして、超人として日に日に成長していく姿が、見てて頼もしかっ
た。でも、私は20代前半なのに奥手で不器用で、そして、あの人は私以上に奥手で不器用だ
ったから、二人は互いに告白したこともなく、付き合っているとさえ言えない状態だった。もちろ
ん、フィジカルな関係は何もなかった。
二人だけで一緒に出かけてたこともあったけど、お互いに自分に素直になれないものだから、
途中で会話が上手く進まなくなってしまうこともあった。そんな時、あの人の隣にいながら私は
とても寂しかったけれど、黙ってあの人に寄り添えるほど器用じゃなかったし、あの人も、黙っ
て私を抱き寄せるほど器用ではなかった・・・。
そんな時、あの少女が現れた。その子はまだ若くて、10代後半だったと思うけど、いや、若い
からこそ、自分にとても素直で、自分を助けてくれたあの人をとても慕っていて、溢れんばかり
の愛情表現をしているようだった。ある日、私が用事を兼ねて肉ハウスを訪れたとき、あの子
が露出度の高い格好で、台所で料理をしていたのには、正直驚いた・・・。ちゃぶ台に座って料
理を待っていたあの人も、とても楽しそうだった。あの人のあんなに和やかな顔、私と二人でい
るときには見たことがなかった気がした。

そんな事情もあって、その頃から私は、あの人と距離を置くようになった。自分が、あの少女よ
りも、あの人を楽しませ、和ませることができるとは思い難かった。
ミート君と顔を合わせると、あの人のことを嫌でも思い出してしまうので、私はしばらく、勉強の
ためと言って、別の幼稚園で働いた。
でも、あの人のその後の活躍は、テレビで応援し続けていた。失礼ながら、出会った頃は駄目
超人と言われていたあの人が、オリンピックでの2回目の優勝に続いて、7人の悪魔超人、悪
魔騎士と悪魔将軍を倒して、全世界の平和を守ったのには、感服するばかりだった。どんどん
成長してゆくあの人の勇姿に、私はブラウン管のこちらから見とれていた。
かつて私を慕ってくれていた人が、どんどん私の手の届かないところに行ってしまう・・・。
それはそれで仕方がない。私は、その人が羽ばたいていく様子を時々遠くで応援しているだけ
でよい・・・私は、そう思うことにしていた。
それでも、あの人を失ったことに対して、未練と後悔があったのには間違いなかった。一層、あ
の人と縁も縁もない土地に行くことができたらという思いに、しばしば襲われた。そして、とある
縁で、あの人の仲間のいるアメリカでもイギリスでもドイツでもない・・・北欧で幼児教育を学ぶ
機会を得たとき、私の決心は固まった。その時は、正直言って、特に大それた目的など持って
いたわけではない。ただ、この日本から脱出して、かつ、あの人と縁のある国以外のところに
行ってしまいたかった。

そんな時、夢の超人タッグトーナメントが開催されることになった。まさに私が、ストックホルム
に向けて日本を経とうとしていた時であった。
あの人とは、もう直接会うつもりはなかったのに・・・。無名の一ファンとして、せいぜいブラウン
管を通して応援し続ければいいと思っていたのに・・・。
それなのに、私はあの時なぜか、あの人へのお守りを持って、会場に向かっていた。そして、
そのまま成田に直行するつもりだった。

私は、大きなトランクを引きずり、厚手のコートを着込んだ、超人プロレス会場には場違いな観
客だった。でも、そんなことは、どうでも良かった。なぜなら、あの人にお守りを渡し、激励の言
葉を交わしたら、そのまま会場を発つつもりだったから。あの人の控え室は分かったので、私
は、あの人が当然通ってくると思われる通路で、待っていた。あの人がここを通れば、あの人
は私の顔を知っているので、向こうから声を掛けてくれるに違いない・・・そんな期待を抱きなが
ら。
ついに、あの人がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。あと、ほんの100メートルほどの距
離だ。その時、再びあの少女が現れた。あの子は、通路で待っていた私の前をバタバタと走っ
て、あの人の元に行ってしまった。その拍子に、私が手にしていたお守りは、下に落ちた。10
0メートル先を見ると、あの子があの人にまとわり付いている。もはや、私のいる場所はな
い・・・。
私は、お守りを拾うことなく、あの人に挨拶をすることもなく、その場を後にした。そして、当初
の予定通り、成田空港に直行した。

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