Der Tod in Raptus? (9)

アタルは、夢から覚めた。うつ伏せで寝たまま、汗をびっしょり掻いている。
私は、何という夢を見てしまったのだろう・・・。

アタルは、夢の中に現れたあの少年のことを思い起こした。
私は、あの少年にあんなに囚われていた・・・。あれは、私がとっくの昔になくしたはずの感情。
なのに、なぜ今更・・・。

アタルは、ふと我に返った。そして、今度は、ボーン・コールドのことを考えた。
あいつは、どうしようもない悪党だった。あいつの犯した罪は限りなく重い。しかし、私はアンタ
ッチャブル時代にあいつと出会った時から、あいつのことが気になってならなかった。
あいつの存在から滲み出る心に闇に、私は同情していたのだろうか。でも、果たしてそれだけ
だろうか。
確かに、あいつの生い立ちが明らかになった時、あいつの罪を許すことはできないながらも、
不思議な共感を覚えた。同じように、家出したもの同士・・・。しかし、その生きてきた境遇は、
私のそれとは隔絶の差であったはずだ。
私は、スパルタ教育に耐え切れなくなって家出した。確かに、当時の両親は、私にとって鬼の
ような存在であった。しかし、今では、それが私のためを思って行われたことであることは、十
分理解している。それは、当時の私の気持ちを考えない行き過ぎたパターナリズムであった
が、不当な虐待行為が行われた覚えはない。
しかし、あいつは・・・。あいつは、幼い頃から父親の歪んだ怨恨の矛先となり、折檻を受けてき
た。あいつの顔につけられた今でも残る深い傷・・・それは、他ならぬ、父親によって傷つけら
れたものであった。そして、誰にも頼ることができず、母親には5歳の時に捨てられ、8歳の時
に家出した。
私が家出した時は、皮肉にも親から受け継いだ血筋とスパルタ教育のお陰で、既に一人で生
きていくのに十分な知恵と力を身につけていた。しかし、あいつは・・・。
華奢な父親から生まれ、8歳の時に家出をしたあいつは、生きていくためにはどんなおぞまし
いことでも受け入れてきたに違いない。顔に傷はあるものの、端正で妖艶にも思える顔をした
あいつは、おそらく、男色の悪党どもの食い物にされたに違いない。そして、変態の相手をする
ことで、日々の糧を稼いで来たに違いない。

ここまで考えて、アタルは背筋が寒くなった。
「男色の悪党ども」「変態」・・・私に、果たしてそんなことを言う資格があるのだろうか。私があ
いつのことが気になって仕方がないのは、同情や、共感だけではないのかも知れない・・・。猫
のような目、傷がなければ恐ろしいくらい美形だったはずの顔・・・それらが私の目に焼きつい
て、離れなかったことはなかっただろうか。

突然、アタルの寝室のドアをたたく音がする。
「アタル様、おはようございます。入ってもよろしいでしょうか。」
ドアの外で、秘書の声がした。
「入れ。」
アタルが中から答える。
「朝から、申し訳ありません。実は、ご相談がありまして・・・。本日午後、大王様が予定されて
いました、公務としてのマッスル・プリズンへの公式訪問ですが、急用により、できれば、アタル
様にお願いしたいと、大王様がおっしゃられています。それに、マッスル・プリズンの受刑者と
は、アンタッチャブルで活躍されていたアタル様の方が、縁があるのではないかということで
す。」
「今日の、午後なのか?」
「はい。急で申し訳ないのですが、本日、アタル様には確か公務は入っていらっしゃらないよう
ですので、もしできましたら、お願いしたいと・・・。」
「分かった。了解した。」
アタルは答えた。
マッスル・プリズンへの訪問・・・あいつに、会える。あいつに会ったのは、KDDチャレンジのた
めに釈放したとき以来だが、あの時は、事務的な言葉しか交わすことができなかった。それ
が、口惜しくてたまらなかったのだが・・・。
「本当に、有難うございました。大王様が、借りは返すとおっしゃられていますので。」
「いや、別に気にすることはない。スグルには、そう伝えておいてくれ。」

秘書が、最敬礼をすると、アタルの部屋を出て行った。
私は、まだ若いだろうか・・・。
アタルは、鏡を覗き込む。周囲には、70歳近いとはとても思えない若さだと、よく言われる
が・・・。
アタルは、窓を開けて外の空気を入れた。春の日差しが暖かい。そよ風に揺れる木々は、春
の息吹を感じさせた。アタルは、春の空気を大きく吸い込んだ。

END

トップへ
トップへ
戻る
戻る



inserted by FC2 system